★ 2016年 謹賀新年!2016年01月01日 07:07



 数年前からホームページに「新春御挨拶アニメ」と「年賀川柳」そして、その年のカレンダーの絵画を「Calendar Art」として、また、インデックス・ページの右上には、干支に因んだアニメーションGifを掲載している。これらの作成には、時間と手間がかかる。時間は、たっぷりあるのだが、手間を考えると、さて~どうするか……になってしまう。カレンダーを変えるだけの年末年始も寂しいもの。問題は、「遣る気」である。「手間が掛かる」とは、「脳味噌を遣う」ことである。これは良いはずだ。精一杯、作ってみた。良い年であってほしい。

★ 脆弱WinLiveメールを捨て、Outlookに……2016年01月09日 10:52



 Windows Liveメールには、ほとほと困り果てていたのだが、なんと大晦日、またまた中身共々保存フォルダーが消えた。ここ1年半で、5度目である。仕方ない、いつも通り、復元されたアイテムをいじりだしたが、かなりイライラが募っていたためだろうか、気付けばメーラー自身が消滅してしまった。再インストール…… とは言え、これは結構面倒である。それに、どうせ、また消滅するに決まっている。で、以前使ったことがあるThunderbirdに決めた。だが、何度やってもインストールできない。とにかく受信だけはと、Outlookをインストールした。
 1月2日、手間が掛かったが保存しておいたアドレス帳(CSV)をインポートし、四苦八苦して使い易いように画面レイアウトを整理。なんとか満足できる雰囲気になった。次に保存しておいたメール・メッセージ(.eml)だが、インポートは可能らしいが、やたらと面倒な様子。必要になったら開けば、とも思ったが、このままのファイルでは件名などは判らない。諦めかけていた時に思い出した。eml のビューアがあるはず。「emlCheck」を見つけた。開きたいメッセージをクリックすれば、Outlookで読むことができる。
 これで脆弱極まりない「Windows Liveメール」と、おさらばできた。しかし、何故Thunderbirdがインストールできないかとの疑問は残るが、ま、イイかの心境である。


★ 成人の日に思う……2016年01月11日 08:27

 当時は、1月15日だったが、思い起こせば、すでに半世紀も前である。で、ありながら、その日の出来事、そして、その日を発端としたその後の出来事などが、イヤになるほど鮮明に蘇ってくる。昨日の食事は? そんな直近の出来事を思い出すのに四苦八苦すると言うのに……

★ 「現代学生百人一首」に思う……2016年01月15日 08:06



「天声人語」に東洋大学が募集選定する「現代学生百人一首」から10首が載っていた。毎年、そのみずみずしい感性に心洗われる思いがする。時代を受け取り、そこに感ずる思いを歌に託す…… 今年は、戦争、平和、選挙権などを反映する歌もあった。人類の歴史は、「争いの歴史」と言えるが、己の当時(50年ちょっと前)を思い起こすと、日常において、直接的な戦争を感ずることはなかった。<教科書をあと何ページめくったら本当の平和はおとずれるのか> 多分、世界中の人々が、この思いを抱いているのかも知れない。

★ ヒロシの「まいにち、ネガティブ。」……2016年01月17日 10:26



 ヒロシの「まいにち、ネガティブ。」が楽しい。この画像は、今日、17日の「お言葉」である。
「うっそ~ッ・・・・・・ もっと若いと思ってた!」 女性に言われるたびに、ヌフフッ!であるが、この言葉と、この「若く見えるね!」のニュアンスは、ちょっと違うと思う。しかし、ヒロシのお言葉は、確実に正しい。そのような話題が、己に対し発せられること自身、「その世代」からは、外れている事を表しているのである。いくら足搔いても、現実は現実でしかないのである。
 ヒロシ様のお言葉を、もっとご紹介したいのだが、Copyrightに触れる可能性があるため、遠慮する。

★ 雪だ…… ん?2016年01月18日 07:43



 テラスの手すりを見ると、東側、西側とも、こんもり雪が盛り上がっている。ん? 何故だ! 暫し眺めて思い付いた。う~ん、なるほど。手すりに黒い線があるが、これは、洗濯ロープを張るための目安として結んだ、麻の紐である。たったこれだけでも積もり方が変わるんだ。自然とは不思議である。

★ 運転免許証返納に思う……(1)2016年01月19日 18:50



 本日、府中試験場にて、50年近くお付き合いした「運転免許証」を返納し「運転経歴証明書」の交付を受けた。既に完璧なるペーパーになって30数年、免許証は身分証明書の位置付けでしかなく、「高齢者講習」の案内を受けて返納を決めた。
 返納窓口は、9番。返納を伝え、免許証と写真を渡す。窓口の女性、「あら、まだ若いのに、イイんですか?」 高齢者の返納を推進していながら、どういう事なのかと複雑な気持ちになったが、「今年、70.若くないですよ」と応えた。私は、「見掛けが若い」と言われたのかと思ったのが、勘違いであった。どうやら、70歳での返納者は少ないためらしい。「証明書の写真は、免許証の時と同じようにこちらで撮りますが宜しいですね」 出した写真は、申請書に使うと言う。「この写真、気に入ってるんです。それに、試験場で撮るって知ってれば、床屋に行ったのに…… 参ったな!」 勿論、返事はなかった。返納書類と運転経歴書発行申請書類を受け取り、氏名、住所などを記載し、提出。ハンコをもらい費用支払窓口に。ハンコと領収書を受け取って、9番窓口に。「証明書が出来ましたら、お呼びします」「どの位かかります?」「20分ほどです」「じゃ~、下でラーメンでも食べられますね。戻ったら声を掛けます」「はい、そうしてください」 地下の食堂に行く。「あさり塩ラーメン」 抜群に旨かった。9番窓口で名前を告げる。「出来てます」 画像は、その際受け取ったものだが、なんとも気恥ずかしくなるような書類である。で、証明書の写真は? 思った通り、ぼけ~っとした、まさに高齢者の顔。
 府中には、3,4回来ているが、毎回、混んでいた。しかし、今日は、違っていた。だからではないと思うが、担当した人達の応対は実に親切で、ほのかに心通うものがあった。いずれにしても、自動車を運転できるとの一つの権利を捨てた訳だが、心和む環境での自動車との「決別」。清々しさすら感じることができた。とは言え、ぼけ~っとした、まさに高齢者の顔写真…… 



★ 運転免許証返納に思う……(2)2016年01月21日 18:15



 穴の開いた運転免許証が、9枚になった。もっとあるはずだが、何枚かは捨てたようだ。暦日に並べてみた。幾つか気付いた点がある。まず、平成8年以降に発行された免許証のサイズが、一回り小さくなっていること、そして、顔写真の鮮明さが次第に悪くなっている点である。理由は判らないが、昔の写真は、実に鮮明である。さらに、自分の顔の変化にも驚かされた。同じ人間が、こうも変化していくものか…… あまり楽しくない雰囲気だったが、免許証のお蔭で、その時々が思い出され、なにか己の歴史を辿れたように思った。たかが、自動車を運転出来るという権利を捨てただけなのだが、自分の中の何かが一つ、終わったように思った。喪失感と言うものだろうか。



★ 「方眼NOTE」が届いた……2016年01月24日 10:21

 今、話題の「方眼NOTE」を、Yodobashi.comに注文したのが 1月5日。この量販店の即納体制には驚くばかりであるが、今回は、何故か2週間経っても「手配中」の状態。調べた。巷では、「おじいちゃんの方眼ノート」で評判になり、注文が激増。納品に困っているらしい。実に素晴らしい! 待とう。


 届いた。手に取って開いてみたが、不思議な感覚に襲われた。何故、二つのページが、真っ平になるのか。しかも、剥がれることもない。A4版が、A3版になったようだ。


 この技術は、Note業界に革命を起こすのでは、と思った。良くぞお孫さんは、SNSに投稿したと感激しきりである。
 ところで、もう一枚の画像だが、これは、朝日新聞社が販売している「天声人語・書き写しノート」である。


 私は、朝日に何度か電話した。「読み物であれば問題ない。しかし、書くためのノートでありながら、真ん中が膨らんで文字を書ける状態ではない。平らにしようと頑張っても無理」さらに言った。「万年筆で書くと、次のページに文字が滲む。不愉快極まりない。失礼だが、お前の会社で、天声人語を筆写している社員はいるのか。自信を持って言おう、居ないに決まっている!」 もちろん改善の兆しはない。

 話が逸れたが、書くことに喜びを感ずる者にとり、心地良い環境を提供してくれるであろう「方眼NOTE」の技術は、素晴らしい。多分、ノート業界は、この技術を取り入れるのではないかと思う。いや、そうあって欲しい。改めてNOTEを手にしたが、またもや不思議な感覚に陥ってしまった。

★ 運転免許証返納に思う、Kとの想い出……(3)2016年01月26日 12:05



 自動車教習所に通ったのは、21歳(1968年)の時である。当時、同じ倶楽部の2年後輩の女性(K)と付き合っていた。二人で免許を取ることにした。大學は、武蔵小金井駅からバスだったので、教習所は東小金井にある尾久自動車教習所にした。私が先に申し込み、最初の教習などを受けて、Kに教えることにした。たまたま、技能教習の初日は、大雪の日。雪の上を走ったが、ブレーキの踏み具合が判らない。ツツツ~とスリップ。こんな日に教習を受けたのが失敗だった。この一日分だけ超過してしまった。
 大學でも教習所でも、いつも二人は一緒だった。ある日、「免許取れたら、車買ってくれるって」とKが言った。Kの父親は、大手証券会社の常務だった。実は、Kの両親は、私との付き合いを認めていなかった。父親は、剣道部出身。私は、クラシック・ギター倶楽部。しかも、色白で50キロに満たない痩せっぽちでひ弱な感じの男。大学祭の時に母親と妹に会った。母親が私を見たのは、最初の挨拶の時だけ。あとは全く無視された。嫌われたな。ま、仕方ない。案の定、翌日、Kが悲しそうな表情で言った。「付き合うなって…… いずれ悲しむことになるからって」
 話は簡単であった。あのような男は、女ったらしで、飽きたらすぐに捨てるに決まっている。否定できなかった。Kと付き合う前に、2,3人と付き合っており、しかも、同じ倶楽部の一年後輩と付き合っていた最中に、Kを気に入ってしまい、あからさまに乗り換えたのである。彼女は、退部した。母親の言う通りかもしれない。私は、別れることにした。軽薄な男である。中学時代に気になっていた同級生に電話して、代々木駅で待ち合わせる事にした。その日、Kが話があると言う。「別れたくない」 代々木駅に急いだが、既に1時間以上も遅刻した。彼女はいなかった。家に電話した。お兄さんが出た。「今、部屋で泣いています。そっとしておいてくれませんか」 お兄さん夫婦は、理髪店を開いていて、お世話になっていた。私は、何も言えなかった。数年後、恐る恐る店に…… 「縁あって神戸の方に嫁ぎ、幸せに暮らしています」
 なにやら教習生たちの間で、私とKは「決まり」と噂されていたらしい。実技は終了。府中の試験が控えていた。一人で試験を受け、合格した。喜んでくれると思っていたのだが、Kに笑顔はなかった。「一緒に、試験を受けて、一緒に合格し、同じ日付の免許証を持ちたかった」 なにも言えなかった。一緒にとの思いはあったが、Kが合格し、私が不合格だったら…… 自信無い男である。
 Kも免許を取った。そして、前進4段コラムシフト、ベンチシートのコルト1000を買ってもらった。Kは、コルトで通学。私は、今まで通りバス、中央線、バスで大學に。帰りは、Kとコルトで、井の頭公園の駐車場に。楽しい毎日が続いた。富士五湖巡り、奥多摩ドライブ…… しかし、二人の交際は、親には内緒。Kは、「誰からも祝福される二人でありたい」と言った。残念ながら素直に受け入れることができた。多分、この頃だと思うが、二人の間に、卒業までは一緒に、との了解が出来上がっていたと思う。私の卒業を控えた3月、お別れ記念ではないが、山陰旅行を計画した。思い起こせば、天橋立、鳥取砂丘、宍道湖、出雲大社、秋吉台などへ…… 鳥取砂丘では、雨風が強く、ほとんどの観光客が引き上げていた。広い砂丘に二人だけ。眼前には荒れ狂う群青色の日本海。ふと、このまま死んでしまってもなどと…… 山陰だけで帰るつもりだったが、瀬戸内海側も旅することにした。姫路城が、印象に残っている。結局、卒業式と先生方への謝恩会には出席できなかった。
 卒業するまで…… これは無理だった。入社講習を終え、最初のオフィスは、渋谷にある西野ビルだった。このビルは、西野皓三の西野バレー団(金井克子、由美かおる、奈美悦子など)の活動拠点だった。
 社会人一年目の5月の連休、Kと私は、コルトで房総を一周した。初夏の九十九里は素晴らしかった。広い浜辺に車輪の跡が見えた。走ったが、砂に埋もれた。たまたま先生と中学生らしい6,7人がいた。先生は、お腹が大きかった。「この浜を乗り越えた女性はいなかったよね」と笑いながら、車を押してくれた。
 Kを職場の人たちにも紹介した。華やかな環境の中、私は、徐々に仕事にのめり込んでいった。Kの誕生日は、9月。吉祥寺の喫茶店で会うことにした。私の頭の中は、楽しい仕事の事で一杯だった。待ち合わせを思い出し、急いで吉祥寺に向かった。約束時間から1時間以上も過ぎていた。「ごめん」 プレゼントも持たない手ぶらの私。Kは、立ち上がり、「さようなら」と言って出て行った。その時、私は、「一緒になれないんだし…… ま、仕方ないな」 一般的に言えば、私はKを振ったことになる。
 仕事は順調だし楽しい毎日が続いた。その2年後、付き合っていた女性を大学祭に招きたくなった。Kの事は頭になかった。正門から…… 幾つもの模擬店が並んでいる。正面の模擬店に、なんとKがいた。Kも気が付いた。二人は、軽く会釈した。失礼な男である。上の空で彼女を案内し、武蔵小金井の駅に送り、急いで大學に戻った。模擬店は終了していたが、Kは、同じ場所に立っていた。「戻って来ると思ってた」 二人で、夕暮れのキャンパスを歩き、幾つかの模擬店に入った。Kが言った。「まだ、私たちの事を覚えている人がいるの。私が、卒業するまで、女の人と来ないでほしいの」 
 Kの車は、日産に変わっていた。「三菱の方が、サービスが良かったの」Kの運転で井の頭公園の駐車場に。公園を歩き、吉祥寺の喫茶店に行くことにした。暗い公園を歩きながら、私はKの肩に手をおいた。Kは、そっと手を外して、「もう止めて」と言った。喫茶店では、お互いの近況報告に花が咲いた。しかし、その話の中に、二人の繋がりはなかった。そう、終わっているのである。
 駐車場に戻り、車の中で握手した。「ありがとう」 私は、車を降り、Kを見送る事にした。動き出した車が、他の車に接触しそうになった。動揺してるのかな? 走り去る車…… 突然、強烈なる思いが、突き上げてきた。「あっ! 大切なものが!」 Kの家は、玉川上水を200mほど行き、左折したところにある。その間に、信号機はない。走った。曲がり角に着いた。ガラガラッ! ガレージが、閉まる音…… 私には、走り寄り、ドアを叩く勇気も自信もなかった。その時、浮かんだ言葉は、「失恋」だった。Kは、私に振られたと思ったかも知れない。だが、この時、本当に振られたのは、私だと思った。
 寝ては夢、起きては現幻の…… この状態は、2年ほど続いた。ある日、Kから結婚したとの葉書が届いた。勇気を出して電話した。ご主人が出た。「大学の先輩です。葉書をいただいたので、おめでとうと言いたくて……」「ありがとうございます」 待ったのだが、Kからの電話はなかった。
 長々と…… 運転免許証にまつわる、想い出話でした。



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